2009年8月27日 (木)

魂のゆくえ

ひどく苦しめられた事が改善されつつある。


人はみんな不安を持って生活しているけど、自分は不安にコントロールされるあやつり人形のような生活をしていたと思う。

普段の何気ない物事、ライフラインに怯え、時には過呼吸になるまでであった。


今週に入り、一気にではないが、まず不安に思うことを強制的に思わない事にした。そこで不安が発生しても全力で「大丈夫」と念じた。

そして、家庭においては極力、子供などに怒らず、話を聞いてあげるようにした。

一番大事やと思ったのは「ありがとう」と感謝を表すこと、そして、大いに笑う事だと思った。


結果、今のところ、先週に比べて格段によくなっている。

また、そうすることによって、人が自分に気持ち悪いくらい集まってくる。

少しの意識の変化でこんなに変わるなんて、すべての自分に関わる人や物事に本当に感謝。

この気持ちを忘れないで少しずつ自分の心を取り戻したいと思う。

2009年8月 3日 (月)

辛い

この状態がいつまで続くんや。

ほんまにしんどい。

なんかどんどん悪くなっていってるような。

これは治療経過中

自分に言い聞かせる。人を励ましたり怒った時もそんなことを考えてる。
言葉にする事は、すべて自分に言ってるのだと思う。


今の自分を受け入れることが大切な事もわかってるけど難しい。

人間はちっぽけな生き物だ。

2009年7月31日 (金)

週末

今週ずーっと休みやったので、どっかいこーって思ったが、ほぼ家で何もせずにいた。


よく言えば、「鋭気を養う」と言えばいいのだろうか。

メンタル面がボロボロだったので、何もしない時間を作れば何か変わるかと。

あまり変わらないと今は思ってるが、変わったと思ってしまえばこっちのものか。

書くのは簡単だけど、あとは自分の気合い次第か?


しかし有り得ないくらい休んだ気がした。もうそうそうこんなに休めることはないだろうから。

2009年7月26日 (日)

行けなかった

 今日は本当は金沢に墓参りに行く予定であったが、ダメでした。

 完全に移動することを恐れてしまっている。

 情けないな。

 ゆっくり治して行けば良い、そう人は言ってくれる。

 しかしもどかしさしか残らない。

 死んでも行きたいと思えなくなった。

 これがあとどれくらいかかるんだろう。

 どうしようもない。

 

 周囲に迷惑ばかり掛けてる自分は一体どーすれば恩返しができるんか。

 しかし、シンプルに物事は考えなければ。

 出来る事、出来ない事。はっきり意思表示すること、それがせめてもの恩返し。

 今の自分にはそれしかできません。

2009年7月18日 (土)

それは長い長い旅の最後。


こういう感覚は脳が思考を停止する事によって発生するんだろうか。


こんなことをこの2週間くらい考えている。


考えているから脳は思考を続けて、「無」になれない自分を作り上げてしまう。


気にしたり、感じたり、そんなこんなで自分自身、脳を休ませることが出来ないでいる。


疲れてるんだ。疲れてないと思っていても疲れてるんだ。


疲れてないと思って休むことをせず身体を壊すと夢にも思わなかった。


幼少の頃、よく親から言われていたことが今になってわかる気がする。


習慣がないという事は本当に怖いことだ。

2009年7月 9日 (木)

夏風邪

まさかとは思っていたら風邪引いてしまいました。

休める時ゆっくり休む行為をしないから、せっかく有休とっても台無しになっちまう。

昨夜は悶えて悶えて大変でした。季節の変わり目を感じました。


どうしても欲しい帽子があったので渾身の力を振り絞り買いに行きました。やっぱり似合います。
頭が小さいので小さめの帽子は本当にフィットします。


今日は愛してやまないバンドのレコ発第1段ライブ。

ファン歴浅いのに泣いちゃいそうです。

そわそわしながら風邪と戦っております。

有休は権利なんで、それに後ろ指さす人がいたら中指立ててやります。

あー楽しみだ、げほっ!

2009年7月 4日 (土)

心配性

例えば外出する時、なんか引っ掛かる。

・窓を閉めたか
・ガス、電気は切ったか
・鍵は掛けたか
・忘れ物していないか


実家を出ると色々自分でしないと行けないことが増える。


32歳でこんな事ばっかり心配してしまう。
鍵を掛け忘れてないか。それが一番気になる。

何なんだろう。

悩む必要ゼロなのに。


心配性なんだ。

戸締まり確認だけで10分はかけてしまう。


この性格、近所の人からしたら変な事やってるように見えるんやろな。


この性格をどうにかしたい。

こんな事に悩まなくなったら元の自分に帰れるんだろ。そう思う。

2009年6月28日 (日)

社会人の心得

 地元でみんなでいつもバカやってきたけど、この歳になると、思いっきり会社人間になってる奴がいたり、自分のように、日々楽しければ、本職が副業のように考えてみたり。

 人はそれぞれ考える事って違うけど、結果が成功すればそのプロセスはその人次第なんだ。

 仕事といっても、自分のように、いわゆるサラリーマンとして、企業の歯車で、生活さえできればなんの文句も無い人間がいれば、一方では会社の為=自分の為と思い仕事に熱中している人もいる。

 何が正しいなんて答えはない。

 でも、よく考えてみよう、一生は1人1人にとって、たった1回こっきりなんだ。

 そこをよく考えたい。

 失敗して貧乏になるのも一生、賭けて何かイベントを立ち上げて大もうけ、これもその人の一生。

 何が言いたいか、あまり人生とは、仕事とは、そんな堅苦しいことは必要ない。

 

 やりたいことを出来る環境を整えて、型にはまる事無く、やりたいことをやりたいように実行する。それが、一番大切じゃないんか??

 仕事の話、入社して苦労があった時は友達に話したりしていたが、会社を一歩でれば、そんなの関係ないただの一人の人間なんだ。

 仕事は自分の中であくまで手段。これを基本のベースとして色々出来ればそれでいいんじゃないか、そんなことを今日友達と銭湯に行って話をしていて思った。

2009年6月20日 (土)

今の自分と言うもの

 6月からの忙しさも、まだ続きそうである。

 自分の着地点は一体どこなんやろうか?

 自分でもわからない。

 このままサラリーマン生活をしながらライブ観に行ったり、子供と遊んだり、写真撮ったりして楽しんで終わってしまう生活でいいんやろうか。

 ライブ、最近行きすぎている。小遣いも底をつく勢い。普通の一般家庭では許されない事を自分はやってしまっているような気がする。

 人生は楽しく生きなければ悔いしか残らない。しかし、楽しみ方が、自分本位ではない。全て他力本願な気がする。

 自分で色んなものに触れて、色んなものを吸収しているが、放出しているものは何一つ無い。あるとすればお金だけだ。

 今日くらい、体調もマシな感じで、いろんなこと考えても負担にならない気がする。

 やっぱり何かイベントを企画したいな。っと最近アーティストの方との交流の中で感じる。

 賛同してくれるかは別にして。

 何か企みます。

 場所は京都しかない。

 限られた時間をフルに使って。

 やる時やらなきゃ男じゃない。

2009年6月14日 (日)

日曜の昼下がり

 実家に来ています。

 

 休みの日にはゆっくりするか、ライブに行くに限る。

 自宅から自分の実家まで車で約10分なので、孫の顔見せがてら晩飯までごちそうになって帰るのが、子供できてからの通例になっている。

 ショッピングモールも近く、生活するには快適な場所だと思う。

 思えば、結婚して居を移しても、実家から近い、同じ枚方市内にしか住んだ事がないので他の土地はあまり住む場所として考えた事がない。

 住みたい場所。

 やっぱり京都しか思いつかない。

 京都でも今出川~北山の間で川端通~西大路の間にしか住みたくない。

 理由はあまりないが、昔から自分があの辺りに根付いているからかな。

 6月はあと2本、行きたいライブがある。

 7月は4本、8月は2本。

 どんだけいくんやろ、どこまでもコアなとこまで突き詰めて行きそうな勢いである。

 どっかで「シゼンカイノオキテ」を聴きたい。

 今日もmixi経由でライブの案内を頂いたのに行けないと伝えて申し訳ない。

 知り合いの方が増えるとどのライブに行けばいいかわからなくなってくる。

 でもやっぱ、ファーストインプレッションが大切。

  OWARIKARAも聴いてみたい。

 大阪・京都に来てください。

 こんな事を日曜の昼下がりに考えてます。

 ちゅうか、結局音楽の事しか、プレイする事もないのにずっと考えてるみたいです。